【第11話】カラオケ|1992年10月、誕生日に聴いた世界が止まる歌声

キミと見たライブの景色

第11話「カラオケ」

夏休みが終わり、9月になった。

平日にあきちゃんの家に行くことができなくなり、会える時間は月・水・金の塾の授業前の1時間と、水曜日の自習室での時間、そして日曜日にちえさんからギターを教わる時間だけになってしまった。

これでもかなり多い方なのは分かっている。でも、夏休み中はほぼ毎日会っていたので、どうしても物足りない。僕の中の大半は、あきちゃんが中心になっているみたいだ。あきちゃんのことばかりを考えてしまう。

そんなあきちゃんから、10月1日の木曜日——僕の誕生日にお誘いを受けた。

「10月1日の木曜日、なおちゃんの誕生日でしょ? ママにカラオケに連れて行ってもらおうよ」

木曜日に会えるだけで歓喜である。最高の誕生日だ。僕は即答で「行きたい!」と伝えた。

あきちゃん、なっちゃん、ちえさん、そして僕の4人で行くことになった。僕は親にもちゃんと話して、この日は22時くらいに帰宅する予定でカラオケに行くことを許可してもらった。小学生なので、このあたりはキッチリしておかないと心配をかけてしまう。

僕は、まだカラオケに行ったことがなかった。人生初めてのカラオケだ。少し緊張してしまう。


当日、案内された部屋に入ると、そこは僕にとって未知の世界だった。大きなモニター、本格的なマイクスタンド、初めて見るカラオケの機械と大型スピーカー。壁には防音用の分厚いクッション材が貼られている。

ドリンクを注文すると、お店の人がドリンクと一緒に小さなバースデーケーキも持ってきてくれた。軽いバースデーサプライズを用意してくれていたみたいだ。

「なおちゃん、お誕生日おめでとー!」

ジュースで乾杯して、誕生日を祝ってくれた。

「じゃあ、最初の1曲目はあきが入れるね」

あきちゃんがリモコンを操作する。画面に曲名が表示された瞬間、僕の心臓が跳ねた。

——僕がギターの課題曲にした、夏休みの間、指の皮が剥けるほど一生懸命練習したあの曲だ。

男性ボーカルのこの曲を、あきちゃんはどう歌うのだろうか?

イントロが始まると、ちえさんとなっちゃんは僕の方を見ながらニヤニヤしている。この家族のことだ。また何か仕掛けているのだろうか? 僕は少し身構えながらイントロを聴いた。

自然と、僕の左手は膝の上で空気ギターを弾く動きになっていた。指が、覚えたフレットの位置を無意識になぞっている。

イントロが終わり——

あきちゃんが、歌い始めた瞬間。

世界が、止まった。

その歌声の迫力に、僕の全ての意識はあきちゃんの歌に釘付けになった。圧倒的な衝撃を受けて、身体が動かなくなってしまった。

曲が終わるまで、あきちゃんから目を離すことができない。

たかだかカラオケボックスの音響で、小学生の女の子の歌声に、これほどの力があるのか——。

それは、テレビやラジオで聴く本物のアーティストの歌声よりも、圧倒的で力強かった。原曲の男性ボーカルの力強さを残しつつ、女性特有の艶やかさと、どこか切なさを帯びた独自の響き。

歌詞の一言一句が、直接心臓に突き刺さってくるような感覚。歌声に魅了されて、背中のあたりにゾワッと鳥肌が立つ。

まるで、この曲は最初からあきちゃんのために作られた曲なんじゃないかと錯覚してしまうほどだった。

曲が終わる頃には、感動で涙目になってしまい、全身が幸福感に包まれていた。

「……すごい」

それしか言葉が出なかった。

「なおちゃんがこの曲を一生懸命頑張ったから、あきも頑張って練習したんだよ」

ちえさんが、あきちゃんの頭を撫でながら教えてくれた。

「何百回も聴き込んだり、歌って録音して聴き返したり、アレンジ変えてみたり……試行錯誤してたんだよ。こんなに頑張るあきを見たのは初めてだよ」

あきちゃんは元々歌が上手い。それは知っていた。でも——天才が本気で努力すると、ここまで凄まじい実力を発揮するものなのか。

「めちゃめちゃ良くない? 本物よりもうまいよね!」

ちえさんの言葉に、僕はコクコクと頷くしかなかった。

この歌声を、もっと多くの人に届けたい。この歌声の横で、ギターを弾きたい。そのためには、僕の演奏技術じゃまだまだ足りない。もっともっと努力して、練習して、あきちゃんの隣に立っても恥ずかしくないギタリストにならなきゃいけない。

このカラオケで、僕のモチベーションはさらに上がった。ギターの練習に今まで以上に励む決意が固まった。


「他の曲も歌ってよ!」

なっちゃんのリクエストで、あきちゃんは他の曲も歌った。

あきちゃんは、練習する時間にそれほど余裕がなく、まだこの1曲しか本格的に練習できていないみたいで、他の曲は「普通」だった。

普通と言っても、まあ普通に上手いのだが——カラオケが上手な人の、それなりの……くらいの歌声だった。さっきの課題曲だけが、異次元だったのだ。

楽しく盛り上がりながらみんなで歌い、あっという間に時間が過ぎた。

帰り際、あきちゃんが小さな声で言った。

「なおちゃんの誕生日だから、特別に頑張って練習したんだよ。喜んでくれた?」

「……うん。すごく」

それ以上の言葉が、出てこなかった。

あきちゃんの歌を本格的に聴いて、音楽の魅力はさらに深まっていった。早くメンバーが揃って、バンド活動がしたい。小学生の僕は、早く大人になりたい、もっともっと成長したいと願った。

この日のカラオケボックスでの衝撃は、僕の音楽人生における、もう一つの「始まり」だった。


── 第12話へ続く ──

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