【第9話】憧れのギター|本物の音楽とバンド人生

キミと見たライブの景色

第9話「憧れのギター」

僕は、ギターに憧れていた。

僕がギターを弾き、あきちゃんが歌う。そんな理想の未来を、あきちゃんと塾の日に繰り返し話してきた。今まではただの憧れで、ギターを触ったこともなく、想像で楽しむだけの世界だった。

でも今、初めてギターに触れてみて、その気持ちは急加速した。

弾けるようになったら楽しいだろうな。気持ちいいだろうな。目の前にあるギターに、夢中になってしまった。

使い方もよく分からず、何も演奏できない。でも、弦を弾くだけで感激の連続。手が止まらなくて、音を鳴らし続ける。

ジャーン、ジャララッ。

アンプから響く、生々しい電気の音。ピアノやエレクトーンとは全く違う、ロックの音だ。お腹の奥に響くような重低音。耳の奥を撫でるような歪んだ音色。

これが、本物のエレキギターの音なんだ。

「はいはい、なおちゃん。一回ストップ」

初めてのギターに夢中な僕を、あきちゃんはギターから引き剥がした。

「一緒に音楽聴こうよ!!」


まだ朝なので、そんなに大きな音は出せない。控えめのボリュームで音楽をかけるが、それでも僕が家で聴いている音量よりも遥かに大きく、コンポの性能が良いので迫力がすごい。

今まで聴いたことがない、本格的な音響での音楽体験。

心に響く重低音。爽快に突き抜けるギターのフレーズ。ボーカルの声が、まるで目の前で歌っているかのような臨場感。

今までは僕は音楽の表面にだけ触れていて、今ようやく「音楽とはどんなものなのか」を理解したような気持ちになった。

音だけで、こんなにも心が震えるなんて。感動することを、初めて知った。

「……音楽を、始めたい」

感動して感極まり、ついポツリと呟いてしまった。

「なおちゃんは、もう音楽やってるじゃん」

あきちゃんは、僕が習ってるエレクトーンやピアノのことを言うが、そうじゃない。

「多分、僕が本当にやりたい音楽は、こういうバンドの音楽なんだ。聴く人たちを感動させることができる、こんな音楽を作りたい」

僕の話を聞いたあきちゃんは、ふわっと優しく笑った。そして僕の頬に手を当てて、真っ直ぐ目を見てくる。

まるで——

(やっと言ったね。待ってたよ)

そう言っているような顔だった。

「なおちゃんは器用だから、楽器を演奏できる。前にギターやりたいって言ってたよね」

あきちゃんの声は、いつもより少し低くて、真剣だった。

「あきの家に来たら、真っ先にギターに興味が出ることは分かってたよ」

そこで、あきちゃんはニヤリと笑った。

勝利までの道筋をすべて把握していて、その通りに進んでいると確信している顔。

「あきは歌うのが好きだから、ボーカルをやってあげるね。なおちゃんはギターでいいのかな?」

僕はコクリと頷いた。

あきちゃんが今日、家に僕を招待した本当の理由が分かった。一緒に音楽を始める最初のきっかけを作りたかったんだ。全部、計算されていたんだ。


あきちゃんの部屋にあるスコアの中から、僕たちが話すきっかけになったあのCD——あの人気バンドの代表曲のスコアを手にして、僕とあきちゃんはリビングに向かった。

「ママっ! お願いがあるの」

ちえさんは、この時を待っていたようだった。笑顔でこちらを向く。

僕はあきちゃんを制して前に出て、ちえさんにスコアを渡した。

「ちえさん、僕にこのTAB譜の読み方を教えてください」

あきちゃんが続けてお願いする。

「なおちゃんに、ギターを教えてあげてほしいの」

ちえさんには、あきちゃんが事前に打ち合わせをしていたみたいだ。

「やったー! ついに来たね、この時が!」

ちえさんは大喜びして、歓迎してくれた。

「お昼食べてから、あきの部屋でゆっくり教えてあげるよ」

もうお昼前だったので、ちえさんはお昼ご飯を作っている最中だった。

リビングで、ちえさんの話を聞きながらお昼を待つことにした。

「ちえさんって、いつからギターやってるんですか?」

僕がそう聞くと、ちえさんは「ちえさんって呼ぶの、まだ慣れないわ〜」と笑いながら、少しだけ遠くを見る目をした。

ちえさんは16歳であきちゃんを産んでいる。中学生の頃に真剣にバンド活動をやっていて、そこそこ人気もあり、ライブを何度か繰り返していたそうだ。

「中学生の頃からだね。ウチの中学、バンドがすっごく盛んでさ。文化祭には生徒たちのライブがあって、バンドやってる子も多かったの」

ちえさんの通っていた中学は、バンド活動が盛んな学校だったそうだ。そんな音楽が盛んな中学の中でも、ちえさんはギターのレベルが高く、そこそこ有名だったらしい。

「でも、16歳の時に妊娠して、出産のためにバンドは解散。その後、なっちゃんも生まれて——まあ、幸せだよ? 後悔はしてない」

ちえさんは笑いながらも、どこか少しだけ寂しそうな顔をした。

「でもね、バンドとしては、やり残した感じがずっとあってさ。その夢の続きを、あきに託したかったんだよね」

解散ライブでも多くの人が解散を惜しんだそうで、まだバンドの世界を忘れられないらしい。当時のバンドメンバーとはまだ連絡を取り合っているし、ギターも定期的に演奏して感覚を忘れないように趣味で練習を続けているという。

「だから、あきにはね——あたしの『続き』をやってほしいな、って思ってたの」

それは重い期待ではなく、どこか楽しそうな口調だった。

僕たちはまだ、ボーカルとギターしかいない。まだ時間はかかるだろうが、いずれベースとドラムのメンバーも探して、ライブをしたい——そんな今後の目標を、ちえさんに語った。

「いいね! 全面的に協力するよ。機材のこととか、スタジオのこととか、なんでも聞いて」

ちえさんは、力強くそう言ってくれた。

その言葉が、妙に心強く響いた。

お昼ご飯を食べ終わった後、いよいよちえさんによる初めてのギターレッスンが始まった。

この日、あきちゃんの家のリビングで交わした「お願い」と「約束」が——僕たちのバンド人生の、本当の始まりだった。


── 第10話へ続く ──

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