【第6話】かけがえのない時間|ギフテッドと自習室

キミと見たライブの景色

第6話「かけがえのない時間」

塾のある日は、授業前の1時間が至福の時間になった。

月・水・金。僕は学校から急いで帰宅し、毎回欠かさず17時前にはベンチに座って待っている。あきちゃんは電車で20分くらいかけて通っているので多少遅れることもあったが、お互いがこの1時間を何よりも大切にしていることは言葉にしなくても分かっていた。

塾がない日が、寂しいと感じるほどになっていた。

一緒にいられる時間は、本当にかけがえのない時間だった。お互い時間を大切に、楽しみながらたくさん話した。

音楽の話はもちろん、学校のこと、他の趣味のこと、家族のこと、将来どうなりたいかという話まで。次々とお互いのことを理解し合っていった。

「あきのお母さんね、昔バンドやってたんだよ」

「えっ、本当に?」

「うん。『Scramble』っていうバンドで、すっごく有名だったらしい。今でもたまにギター弾いてるの見るよ」

「かっこいい……本物のエレキギター、見たことない」

あきちゃんの家には、お母さんが若い頃使っていた本物のエレキギターとアンプがあるという。それを聞いた瞬間、僕の憧れは爆発した。

「いつか見せてあげるね」

あきちゃんはそう言って、またあのニヤリとした笑みを浮かべた。勝利までの道筋を確信している、あの表情。


5月に入ると、塾で特別なイベントがあった。

この塾では、4年生と途中入塾者は5月第1週の土曜日に全員集められ、IQ診断テストを受けることになっている。単純に知能指数を測定するだけではなく、特別な知能を生まれ持つ「ギフテッドチャイルド」と呼ばれる天才を見つけるために行われるテストらしい。

テストの内容は、学校の勉強とはまるで違っていた。図形の回転、数列の法則性、論理パズル、言葉の関連性。答えを覚えて解く問題ではなく、脳の処理速度と柔軟性を試されているような感覚だった。

僕には、どの問題も自然に答えが浮かんでくる。パズルのピースがスッと収まるような感覚。

1週間後、結果が発表された。

僕は「ギフテッドチャイルド」に選ばれた。測定されたIQは140以上。

ギフテッドチャイルドとは、一般的にIQ130以上を目安に、生まれ持った高い知能を持つ子を指す言葉だ。選ばれた子たちは、塾の中でも少し特別扱いになる。

猛勉強しなくても学力が遅れることがなく、平気で授業についてきてしまうため、宿題などを忘れても——酷い場合はやって来なくても——特に怒られず免除される。成績が少し落ちても、土曜日の補習1回ですんなり取り戻してしまう。

先生たちも安心しきっているので、ピリピリした受験戦争の雰囲気に巻き込まれず、気楽に塾に通える。のびのびと授業が受けられる環境は、僕にとってすごく魅力的だった。

僕はすぐに、あきちゃんに報告した。

「あきちゃん! IQ診断、ギフテッドに選ばれたよ」

いつものベンチで、結果通知書を見せながら興奮して話す僕を、あきちゃんは嬉しそうに見つめた。そして——

ニヤリ。

勝利を確信した、あの笑顔。

「おぉっ! やるじゃん♪ なおくんもそっち側だったんだね」

そっち側?

「じゃあこれから、自習室を毎週使おうよ。あきも去年選ばれたんだよ。すっごい先生たちの待遇が優しくなるから便利だよ」

なんと、あきちゃんも1年前に選ばれていたらしい。

しかも、後から先生にこっそり聞いた話では、あきちゃんは僕なんかとは次元が違った。IQ140なんてレベルじゃない。測定上限を超えてしまい、正確な数値が出なかったという。この塾始まって以来の、最上級の天才だそうだ。


ギフテッドチャイルドとして認められると、水曜日の授業は自習室で自分のペースで勉強することが認められている。僕たち二人ともギフテッドなので、迷わず水曜日は自習室で自習をするようになった。

会える時間も、話せる時間も、一気に増えた。

水曜日の通常教室では、学力定着のための反復試験をしている。同じ問題を何度も解いて体に覚えさせる時間だが、一度見れば理解してしまう僕たちには、その必要がない。

自習室は静かで落ち着いていた。僕たちは窓際の席に横並びで座り、いつものようにイヤホンを片方ずつして音楽を聴きながら、好きなペースで勉強する。

「ねえ、なおくん。ここの問題、どう思う?」

あきちゃんは、僕が少し考え込んでいる数学の応用問題を覗き込んできた。

「うーん、公式使えばできるけど……」

「公式使わなくても、図形でイメージしたら一発だよ。ほら」

あきちゃんのノートの端に描かれる図形。それを見た瞬間、複雑だった数式がシンプルなパズルに変わった。

「すげぇ……めっちゃ分かりやすい」

あきちゃんの解説は、先生よりもずっと分かりやすかった。「解き方」を教えるのではなく、「なぜそうなるのか」という本質を共有してくれる。

あきちゃんに教えてもらえると嬉しくて、いつもより勉強が楽しくなった。先生に教えてもらうよりも、ずっと深く理解することができる。

でも同時に、圧倒的な差も実感させられた。

あきちゃんの勉強の速度を見ていると、その天才ぶりが嫌でも目についてしまう。僕が30分かけて解く問題を、あきちゃんは5分で終わらせる。しかも正解率は100%。

ある日、あきちゃんが教科書を見ながらつぶやいた。

「これ、教科書の説明、ちょっと不正確だよね」

「え、マジで?」

「うん。特殊なケースを除外してる。条件付きなら合ってるけど、普遍的な定理としては不十分かな。まあ、テストでは教科書通りに書いとけばいいけどさ」

そんなことを平然と言ってのける。

自分の無能さが目立って、少し嫌になる瞬間もあった。今まで「自分は頭がいい」と思っていた自信が、彼女の前では脆く崩れ去る。

でも、そんな想いをするのも初めての経験で、どこか新鮮な感じがした。

「自分より上」を、生まれて初めて知った。

学校では僕が一番だった。周りの子たちが必死に勉強している内容を、僕は何もしなくても理解できた。だから「自分より上」という存在を知らなかった。

でも、あきちゃんは違う。圧倒的に、違う。

彼女は僕が見ている世界の、もっと先を見ている。

それでも——いや、だからこそ——僕は彼女の隣にいたかった。

「なおくん、ボーッとしてどうしたの?」

あきちゃんが、僕の顔を覗き込んできた。

「あ、いや……なんでもない」

慌てて首を振る僕を見て、あきちゃんはまたニヤリと笑った。

「ふーん。まあいっか。じゃ、次の問題やろ」

そして、シャープペンシルを回しながら言った。

「ねえ、なおくん。このままいくとさ、小学校のうちに中学の勉強、全部終わっちゃうよね」

勝利を確信した、あの笑顔で。

「そしたらさ、もっと面白いこと、できると思わない?」

その言葉が、僕たちの人生を大きく変える「計画」の始まりだった。


── 第7話へ続く ──

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