第3話「視聴コーナーの絶望」
3月。入塾試験の日がやってきた。
試験当日。会場となった教室には、鉛筆を削る音と張り詰めた緊張感が漂っていた。周りを見渡すと、必死な顔つきの子供たちばかりだ。同じ学校の顔見知りもいたが、話しかけても「今、集中してるから」と素っ気ない。
(なんでみんな、そんなに怯えてるんだろう)
僕は配られた問題用紙をめくった。国語、算数、英語。パラパラと全体を眺める。
英語は学校ではやらないが塾では習う。
入試に英語が入ってるのは自習力もテストされているからなんだと思う。
……簡単すぎる。
パズルのピースが最初からハマっているような感覚。答えが向こうから手を振っている。30分の持ち時間がある算数のテストを、僕は8分で終わらせてしまった。
残り22分。退屈な時間の始まりだ。
頬杖をつきながら、窓の外を眺める。この試験が終われば、2階のCDショップに行ける。今日は、大好きなバンドの新作アルバムの発売日だ。もちろん買う金はまだない。でも、あの店には試聴機がある。
頭の中では、すでに架空のライブが始まっていた。試験監督の「やめ」という声が、アンコールの拍手のように聞こえた。
3教科すべて、同じだった。簡単すぎて、時間が余る。僕は絶対に合格すると確信した。
試験が終わり、僕は急いで教室を飛び出した。CDショップ、CDショップ、CDショップ。頭の中はそれでいっぱいだった。
塾の入り口付近まで来たとき、後ろから猛烈な勢いで誰かが走ってきた。
「どいて!」
ドン!
小柄な女の子が、僕に激突した。すごい勢いだったので、僕はよろけた。
「痛っ…」
僕は振り返って、相手を見た。小柄で、髪が長い女の子だった。年は僕と同じくらいか、少し上かもしれない。大きな瞳。けれど、そこには焦りのような光が宿っている。
「ごめん、大丈夫?」
僕が声をかけようとした瞬間、女の子は僕を睨みつけた。
「チッ」
舌打ち。
そのまま何も言わず、女の子はすごいスピードで廊下を走り去っていった。
(なんだあいつ……)
ぶつかってきたのは向こうなのに。少しムッとしたけれど、僕には構っている時間はなかった。気を取り直して、エレベーターに向かった。
進学コースに合格した後、さっきの子と同じクラスだったら嫌だなぁ…なんて考えながら、頭の中をCDの曲名でポジティブに塗り替えた。
エレベーターを2階で降りると、すぐ目の前がCDショップだ。
入り口を入ってすぐ、店の外からでも見える場所に、特設のCD視聴コーナーがあった。目当てのアルバムが山積みされていて、すごく目立つ。天井から吊るされたポスター。さすがは人気バンドの新作だ。
山積みのCDと、そのアルバムの販促用ポスターが視界に入り、僕のテンションは一気に上がった。
でも、次の瞬間。
僕のテンションは、急激に絶望に変わった。
視聴コーナーに、「あの女の子」がいた。
さっき僕にぶつかって、舌打ちして走り去った、あの小柄な女の子。

彼女はヘッドホンをつけて、目を閉じて、音楽に浸っている。その手には、僕が聴きたかったアルバムのジャケットが握られていた。
そして、彼女の周りには、視聴用のCDケースが山のように積まれていた。ニルヴァーナ、レッド・ツェッペリン、ディープ・パープル、ガンズ・アンド・ローゼズ——僕が部屋に持っているのと、まったく同じラインナップ。
彼女は、僕と同じ音楽を聴いている。
小学生で、洋楽ロックを聴いている子なんて、僕の周りには一人もいなかった。それなのに、目の前にいる。しかも、さっき僕に舌打ちした女の子が。
まるで、世界中の音を独り占めするかのように、その場に立ち尽くしている。
僕は立ち尽くした。
この出会いが、僕の人生を変えることになるなんて、そのときはまだ知らなかった。
── 第4話へ続く ──

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