【第2話】1000円の契約|1992年、天才小学生とCDと塾の物語

キミと見たライブの景色

第2話「1000円の契約」

先生が黒板に書く数式が、スローモーションのように見えた。

1992年2月。小学3年生の僕にとって、学校の授業はいつもこうだった。答えは最初の3秒で分かる。残りの45分間は、ただの「待ち時間」だ。

周りのクラスメイトは一生懸命ノートを取っているが、僕には教科書を一度読めば十分だった。そこに書いてあることは、全部頭に入る。授業を聞く意味なんて、ない。

僕はあくびを噛み殺して、ノートの隅に走り書きをする。数学の答えじゃない。昨夜ラジオで聴いた、ニルヴァーナの新曲のコード進行だ。カート・コバーンの歪んだギターの音が、まだ耳の奥に残っている。

1992年の日本は、空前のバンドブームに沸いていた。テレビをつければ長髪の男たちがギターを掻き鳴らし、音楽雑誌は毎月電話帳のような厚さで発売される。街中が8ビートと歪んだギターサウンドで溢れかえっていた時代。

小学3年生の僕にとって、世界はその「音」を中心に回っていた。

同級生たちがスーパーファミコンの新作ソフトやJリーグチップスに夢中になっている間、僕は近所のCDショップの試聴機の前で、ヘッドフォンを耳に押し当てて過ごしていた。お年玉もお小遣いも、すべて8cmのシングルCDやアルバムに消えていく。

けれど、小学生の懐事情なんてたかが知れている。欲しいアルバムは山ほどあるのに、財布の中身はいつも空っぽ。

そんな僕に、父親が悪魔のような——いや、天使のような提案を持ちかけてきたのは、ある寒い夜のことだった。

「なおき、お前は勉強が人より遥かにできる。好奇心が強いから、どんどん吸収できるのに、学校だけじゃ教われない環境で非常に損をしてると思う」

父の言葉に、僕は内心で溜息をついた。また勉強の話か。

「駅前にある塾、知ってるだろう?すごく有名な塾で、近隣の市から多くの子どもたちが将来のために学力を上げようと通っている。4年生から入塾できるんだ。行ってみないか?」

僕は即座に首を横に振った。

「学力なんて、教科書があれば勝手に上がるよ。行くメリットがない」

父親は予想していたという顔で、少し間を置いてから続けた。

「塾の日は毎日18時から21時まで授業がある。授業の合間の休み時間に食事を食べるんだ。塾の日に、夜ご飯代として毎日1000円渡そう」

僕の耳がピクリと動いた。

「節約してお金を貯めてもいい。やりくりを学んでほしいと思っている」

1000円。僕の脳内で高速計算が行われた。進学コースは週3回、月・水・金。1週間で3000円。1ヶ月で約12000円。夕食を300円の牛丼かパンで済ませれば、差額の700円が手元に残る。月に8400円……アルバムが3枚買える。シングルなら8枚だ。

「……分かった。試験、受けてみる」

父親の顔がぱっと明るくなった。

こうして僕は、学力を上げるためではなく、CD購入資金を捻出するための「契約」を父と交わした。


その塾には「通常コース」と「進学コース」があった。

通常コースは週2回、火曜日と木曜日。学年に合わせた普通の授業をする。

進学コースは週3回、月曜日と水曜日と金曜日。こちらは特別なカリキュラムだ。

4年生の間に、小学生の勉強を全部終わらせる。5年生になると、中学1年から2年の勉強を全てやる。6年生では中学3年生の勉強を半年で終わらせて、残りの半年はひたすら受験対策。

普通の子なら絶対についていけないペースだ。でも僕には、それがちょうどいいと思えた。ダラダラと同じことを繰り返す学校の授業よりも、ずっと効率的だ。

もちろん、僕が狙うのは進学コースだ。週3回なら、夜ご飯代も週3000円。CDが買い放題だ。

この塾は全国的にも有名で、日本全国の有名中学への合格者を多数輩出している。入塾試験も難しく、地元の年上の子たちも多く挑戦しているが受からない。近隣の市から電車で通う子や、親が車で送り迎えする子も多い。

「学力がすべて、学歴がすべて」そんな時代だったから、親たちは必死だった。

僕は流石に舐めてかかると試験に落ちてしまいそうだと思い、3月の入塾試験までの1ヶ月間、学校の教科書を使ってひたすら復習を繰り返した。

勉強を一生懸命したいという気持ちからではない。ちょっとばかりの好奇心と、CDを買うためである。

進学コースに通う子たちはみんな天才ばかりだ——そんな噂を聞き続けてきた。僕は学校の勉強はしなくても出来るので、自分がどこまで通用するのか知りたいと思う好奇心やプライドもあった。

やれることを全て準備しながら試験に備えた。初めて進んで勉強する僕の姿を見て、両親もすごく期待をしていた。


── 第3話へ続く ──

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