第4話「衝撃的な出会い」
ぶつかって舌打ちしてきた女の子が、僕の目当てのCDを視聴していた。
第一印象最悪の女の子の隣に行って、同じCDを視聴するほどの勇気は僕にはない。ヘッドホンをつけた小さな頭がリズムに合わせてフリフリと動いて、ノリノリで音楽に浸っている。
同年代の子がこのバンドのCDをノリノリで聴いているのを見て、僕は少し話をしたい気持ちもあった。でも、さっきの舌打ちが脳裏に蘇る。つい数分前の出来事がなければ、良い友達になれたかもしれないのに……。
残念な気持ちに押し潰されそうになりながら諦めて帰ろうとしたが、気まぐれで聴いただけですぐにどこかに移動するかもしれないと淡い期待を胸に、少し様子を見ることにした。
CD棚の影から、こっそりと見守る。はたから見れば、結構ヤバい絵面である。
15分くらい経っただろうか。女の子は突然、その新作CDのパッケージを手に取った。
ビリビリッ。
透明なフィルムが容赦なく剥がされ、プラスチックケースがパカッと開かれる。彼女は中身のディスクを取り出し、手慣れた手つきで自分のポータブルCDプレイヤーにセットした。そして、空になったケースを何事もなかったかのように棚の奥に戻した。
「万引き」である。
衝撃的な出来事をダイレクトに目撃してしまった。人生のすべてを「良い子」で貫いてきた僕には、衝撃が強すぎて頭の中が真っ白になって停止する。
(どうしたらいいんだ……)
注意するべきなのか? それとも無視するべきなのか? 店員にこっそり伝えるという手段もあるが、それをするとこの子の顔を今後まともに見られなくなりそうだ。
やはり、ちゃんと注意するべきなのかもしれない。今後同じ塾に通うかもしれない人なのだ。無視したりすると、今後ずっとこの子を警戒して塾に通わなければならなくなる。
正義ぶるわけではないけど、自分の今後のために僕は注意することを選んだ。舌打ちの仕返しをしたかった気持ちがなかったわけではないが、そんな卑怯な理由ではない。
このまま何もなく帰らせてはいけない。
声をかける決心をした頃には、すでに女の子は店の外に出ていた。僕は急いで追いかけて、後ろから声をかけた。走って追いかけたので、少し声が裏返ってしまった。
「ねぇ。待って!!」
緊張しながら必死に声をかける僕に対して、彼女はゆっくりと振り返った。
「ん? なに? 誰なの?」
冷静すぎる返答。とても万引きした直後の女の子の心境とは思えない。もしかしたら常習犯なのかな? 余計に注意しないといけないと思った。万引きした直後に声をかけられて、怖くないのかな?
「塾が終わってから、CDショップでずっと見てたんだけどね……」
「万引き」というワードが怖くて出せなかったので、さりげなく見てしまったことを知らせる。すると彼女は、心底気持ち悪そうな顔をした。
「えっ……キモっ……なに? ちあきのことが好きなの? ってかキミは誰?」
えっ?? えっ? なんか僕が責められてる? ってか好きとか言ってないんだけど。
とか思いながらパニックになりそうになる。よくよく考えると、僕の言葉を聞けば、この子が言うことの方が正しいのだ。
確かに15分ほどずっと影から見ていたけど……それは「怖いから」であって「好きだから」ではないのだ。
突然突き飛ばして舌打ちして走り去ったのは誰だよ。そして突き飛ばした相手を覚えてないのは誰なんだよっ……なんてハッキリと言えるわけもなく、オドオドしていると、彼女はニヤリと笑った。
「で、なんなの? 告白でもしてくれるの? 笑」
おちょくっているかのような口調でケラケラと笑う彼女が少し憎くて、僕は勇気を振り絞った。
「万引き、よくないよ」
ハッキリ言ってやった。どうだ!! 僕は見てしまったんだぞ! と少し自信を取り戻しながら彼女を見るが、返ってきた言葉はやっぱり想像の斜め上だった。
「なんでキミは、ちあきのことをずっと見てたの?」
質問に質問で返される。この子の名前が「ちあき」なのはよくわかった。だが、僕の思考回路はショート寸前だ。
話の主導権を完全に奪われたので、ひとまず先に質問に答えることにした。承認欲求を満足させて、話を聞く体制を作ろうとの魂胆だ。
そのCDのバンドが非常に好きなバンドであること。発売日に視聴したくて楽しみにしていたこと。さっき塾で突き飛ばされて少し怖かったこと。正直に全て話して、ひとまず満足してもらおうとした。
すると、彼女の表情が変わった。
「なんだ!! CD聴きたかったのか。じゃあ聴かせてあげるから座ろう♪」
彼女は僕の手を引っ張り、自販機コーナーのベンチに座らせた。そして、イヤホンの片方を僕に差し出してきた。
「はい、キミこっち」
半強制的に、片方ずつイヤホンをつけて一緒にCDを聴くことになった。選曲の主導権はもちろん、持ち主の彼女にある。
1曲目が始まった瞬間、彼女の表情が変わった。さっきまでの挑発的な笑みではなく、完全に「音」に浸る顔。
サビ前のブレイクで、彼女は小さく頷きながら言った。
「ここのフィルイン、ヤバくない? 前のアルバムよりドラムの音、重たくなってるでしょ」
「分かる。前はもうちょっと軽かったよね。ギターのバッキングも、ミュート多めでタイトになってる」
「そうそう、それ! ちゃんと聴いてるじゃん」
そこからは早かった。
好きな曲やかっこいいフレーズ、いつからこのバンドが好きなのか、他にどんなバンドの曲を聴いているのか。ニルヴァーナ、ガンズ・アンド・ローゼズ、レッド・ツェッペリン、ディープ・パープル……話は尽きることなく永遠に続いた。
小学生がする会話じゃない。それでも、僕たちにとっては、それが当たり前だった。
夢中で30分くらい音楽を聴きながら話をしたところで、突然曲を停止された。
「……はい、終了」
ぷつん、と音が途切れる。僕が「え?」と顔を上げるより先に、彼女はニヤリと笑った。
「キミも一緒に楽しんだから、共犯だね」

共犯。その言葉を初めて聞いた小学生だったが、言葉の響きや前後の文脈により、どういう意味なのかはすぐに理解してしまった。
「ちょっと待って!! それは違う!」
否定しようと必死な僕に対し、彼女は人差し指を僕の唇に当てた。
「うるさーい。盗んだものって分かってて一緒に楽しんだんだから。分かるよね?」
反論の言葉が、喉につかえて出てこなかった。論理的に追い詰められている。
それを見た彼女は、なぜか満足そうに笑った。
「おねーさんがジュース奢ってあげるから、もうこの話はおしまい。いいね?」
買収の提案が浮上する。早速彼女は自販機に小銭を入れて、全部のランプが光った自販機を指さした。「好きなの押しなよ」と顎でうながしてくる。
背徳感に押し潰されそうになりながら、僕はオレンジジュースのボタンを押した。
ガコン。
「オレンジか。まだまだ子どもだね、キミ」
ニヤリとしながら僕の顔を覗き込む彼女は、正直、可愛いと思ってしまった。それがまた悔しい。
「おねーさんとか言って調子乗ってるけど、同い年でしょ?」
ムキになって、つい意地悪を言ってしまう。
「はあ? なに言ってんの。キミ、次4年でしょ? 入塾テスト受けに来たんだからさ」
「えっ……?」
「ちあきは次5年だよ。この塾2年目で、今日は継続テスト。進学コースの5年生クラスね」
どうやらこの少女は、見た目は同い年か年下なのに、実は一つ年上らしい。
「次5年生になる進学コースの”ちあきちゃん”だよ。呼び方は当然、”あきちゃん”でよろしく」
「え、いや、あの——」
「キミは?」
急に話を振られて、変にかしこまってしまう。
「ぼ、僕は……なおきです。よろしくお願いします」
つまらない自己紹介しか出てこなかった。
「ふーん、なおきね。じゃあ、なおくんだ」
彼女は勝手にあだ名を決めると、当然のように次の指示を出した。
「進学コース受かってたら、塾の初日、とりあえず5年の教室に来て。ちあきを探すこと。いいね?」
一方的に次に会う約束をさせられて、その日、僕は家へ帰った。
手には冷たいオレンジジュース。耳にはまだ、あのギターの残響が残っている。
この出会いが、僕の人生をひっくり返すなんてことを、まだ何も知らないまま。
── 第5話へ続く ──

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